遺言書を法務局に預ける制度について
こんにちは、弁護士田村ゆかりです。
自筆証書遺言を法務局に預ける制度(自筆証書遺言保管制度)についてご説明します。
2020年(令和2年)にスタートした制度です。
自筆証書遺言とは?
まず法務局に預ける自筆証書遺言とは、
遺産分割や財産の譲渡などについて、自分で書いて作成する遺言です。
一般の方が作成される遺言としては、自筆証書遺言のほか公証人役場で公証人に作成してもらう公正証書遺言がありますが、
自筆証書遺言は公正証書遺言と比べて、費用がかからず、作成手続が簡単です。
法務局に自筆証書遺言を保管するメリットは?
安く簡単に作成できる自筆証書遺言ですが、
自宅の箪笥の引き出しにしまっておいたところ紛失した、
死後子どもが遺言を見つけたが自分に不利な内容だったので捨ててしまった、
死後家庭裁判所で検認手続きが必要となる、などのトラブルや不安点があります。
自筆証書遺言を法務局に保管できる制度は2020年(令和2年)7月10日に開始され、
この制度を用いることで、紛失や改竄のトラブルを防ぎ、
また検認手続きも不要となります。
費用は申請手数料3,900円のみです。
遺言書は何度でも書き直すことができ、撤回することもできます。
沖縄県内ではこれまで、年間150~200件程度の利用があるとのことです。
自筆証書遺言を作成する際の注意点は?
遺言書には細かい形式や書きぶりが決まっており、
不備があるとせっかく遺言書を作成しても無効になってしまうことがあります。
また、財産目録以外はすべて自筆で書く必要があり、
パソコン入力等では要件を満たしません。
特定の相続人に多く相続させる場合、他の相続人の遺留分を侵害し、
死後に争いとなる場合もあります。
誰にどのような財産を残したいのかを実現するため、
どのような内容の遺言書を作成すればいいのか、
自筆証書遺言がいいのか、公正証書遺言がいいのか等については、
お近くの弁護士に相談されることをお勧めします。
でいご法律事務所
弁護士田村ゆかり
平日9時~18時
TEL:098-851-8153
参照
那覇地方法務局 遺言書保管制度について
法務局 自筆証書遺言保管制度
育児休業を契機として意に反するパート契約への転換を強いられた等と主張した事案
こんにちは、弁護士田村ゆかりです。
育児休業関連の裁判例として、
期間の定めなく雇用され、事務統括という役職にあった原告(女性)が、
妊娠、出産を契機として意に反する降格や退職強要等を受けたうえ、
パート契約への転換を強いられ、最終的に解雇されたとして、降格、パート契約への変更、解雇の無効を主張した事案をご紹介します。
フーズシステムほか事件(東京地裁平成30年7月5日判決)
事案の概要
原告は,平成24年4月1日,被告会社との間で,以下の内容の雇用契約を締結した。
ア 雇用形態 嘱託社員
イ 役職 事務統括(主任)
ウ 就業時間 午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)
エ 賃金 時給1700円,賞与あり
オ 賃金の支払方法 毎月末日締め,翌月25日払い
カ 手当 事務統括手当 月額1万円
なお,当初雇用契約書の雇用期間の欄には,平成24年4月1日からとのみ記載されており,終期の記載はない。
原告の第1子妊娠と休業,復帰
原告は,平成24年11月初旬頃,第1子を妊娠し,平成25年6月1日以降出産のためしばらく出勤せず,同年○月○日に第1子を出産した後の平成26年4月14日以降,再度被告会社で就労するようになった。
原告と被告会社との間において平成26年7月2日付けで作成された雇用契約書(パート雇用契約書)には,以下の趣旨の記載がある。
雇用期間 平成26年4月14日から同年8月31日まで
就業時間 9時から16時まで
時給1700円,賞与なし,毎月末日締め,翌月25日払い
原告の第2子妊娠,産休,育休からの復帰及び雇用終了通知
原告は,平成26年11月頃,第2子を妊娠し,平成27年5月下旬頃から産休を取得し,同年○月に第2子を出産した後,平成28年4月に被告会社に復帰した。
被告会社は,平成28年8月20日頃,原告に対し,原告との雇用契約について,同年8月末日をもって雇用期間満了により終了させるとの通知をした。
争点(原告と被告会社の間のパート契約の有効性)
原告は,第1子出産後の平成26年4月上旬頃の面談において,
被告Y1(被告会社取締役)らに対し,育児のため時短勤務を希望したところ,
被告Y1から,勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと言われ,パート契約書に署名押印したことが認められる。
育児休業法23条は,事業主は,その雇用する労働者のうちその3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して,
労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置を講じなければならないとし,
同法23条の2は,事業主は,労働者が前条の規定による申出をし又は同条の規定により当該労働者に上記措置が講じられたことを理由として,
当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないと規定している。
これは,子の養育又は家族の介護を行う労働者等の雇用の継続及び再就職の促進を図り,
これらの者の職業生活と家庭生活との両立に寄与することを通じてその福祉の増進を図るため,
育児のための所定時間の短縮申出を理由とする不利益取扱いを禁止し,
同措置を希望する者が懸念なく同申出をすることができるようにしようとしたものと解される。
上記の規定の文言や趣旨等に鑑みると,同法23条の2の規定は,
上記の目的を実現するためにこれに反する事業主による措置を禁止する強行規定として設けられたものと解するのが相当であり,
育児のための所定労働時間の短縮申出及び同措置を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは,
同項に違反するものとして違法であり,無効であるというべきである。
もっとも,同法23条の2の対象は事業主による不利益な取扱いであるから,
当該労働者と事業主との合意に基づき労働条件を不利益に変更したような場合には,
事業主単独の一方的な措置により労働者を不利益に取り扱ったものではないから,直ちに違法,無効であるとはいえない。
ただし,労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており,
当該合意は,もともと所定労働時間の短縮申出という使用者の利益とは必ずしも一致しない場面においてされる労働者と使用者の合意であり,
かつ,労働者は自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば,
当該合意の成立及び有効性についての判断は慎重にされるべきである。
そうすると,上記短縮申出に際してされた労働者に不利益な内容を含む使用者と労働者の合意が有効に成立したというためには,
当該合意により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,
労働者が当該合意をするに至った経緯及びその態様,
当該合意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を総合考慮し,
当該合意が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することが必要であるというべきである。
これを本件についてみるに,それまでの期間の定めのない雇用契約からパート契約に変更するものであり,
期間の定めが付されたことにより,長期間の安定的稼働という観点からすると,
原告に相当の不利益を与えるものであること,賞与の支給がなくなり,
従前の職位であった事務統括に任用されなかったことにより,
経済的にも相当の不利益な変更であることなどを総合すると,
原告と被告会社とのパート契約締結は,原告に対して従前の雇用契約に基づく労働条件と比較して相当大きな不利益を与えるものといえる。
加えて,前記認定のとおり,被告Y1は,平成25年2月の産休に入る前の面談時をも含めて,
原告に対し,被告会社の経営状況を詳しく説明したことはなかったこと,
平成26年4月上旬頃の面談においても,被告Y1は,原告に対し,
勤務時間を短くするためにはパート社員になるしかないと説明したのみで,
嘱託社員のまま時短勤務にできない理由についてそれ以上の説明をしなかったものの,
実際には嘱託社員のままでも時短勤務は可能であったこと,
パート契約の締結により事務統括手当の不支給等の経済的不利益が生ずることについて,
被告会社から十分な説明を受けたと認めるに足りる証拠はないこと,
原告は,同契約の締結に当たり,釈然としないものを感じながらも,
第1子の出産により他の従業員に迷惑をかけているとの気兼ねなどから同契約の締結に至ったことなどの事情を総合考慮すると,
パート契約が原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると認めることはできないというべきである。
以上のように,原告が自由な意思に基づいて前記パート契約を締結したということはできないから,
その成立に疑問があるだけでなく,この点を措くとしても,
被告会社が原告との間で同契約を締結したことは,育児休業法23条の所定労働時間の短縮措置を求めたことを理由とする不利益取扱いに当たると認めるのが相当である。
したがって,原告と被告会社との間で締結した前記パート契約は,同法23条の2に違反し無効というべきである。
争点(解雇の有効性)
既に説示したところによると,原告は,平成28年8月時点で,
被告会社において,期間の定めのない事務統括たる嘱託社員としての地位を有していたというべきであるから,
被告会社が原告に対してした同月末で雇用契約関係が終了した旨の通知は,雇止めの通知ではなく,原告に対する解雇の意思表示であると認められる。
そこで,この解雇の有効性について検討するに,
被告会社主張の解雇事由である原告が殊更に被告会社を批判して他の従業員を退職させたことを認めるに足りる証拠はないこと,
前記認定に係る原告が他の従業員のパソコンを使用した理由は違法又は不当なものとまではいえないこと,
被告会社の経営状況が原告の解雇を相当とするほどに悪化していたことを認めるに足りる証拠はないことなどの事情を総合考慮すると
被告会社による解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であるとは認められないから,労働契約法16条により無効というべきである。
したがって,原告は,被告会社に対し,期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあるところ
前判示のとおり,原告は,事務統括から降格された事実が認められず事務統括の地位にあることによって事務統括手当月額1万円の支払を受けることができ,
事務統括という地位は,事務統括手当の支払を受けるべき職位とみることができるから,
その地位にあることを確認する訴えの利益が認められる。
よって,原告の被告会社に対する事務統括たる期間の定めのない雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求は,全部理由がある。
また,原告は,民法536条2項により,当初雇用契約に基づき,前記解雇日以降の賃金請求権を有することになる。
原告は,解雇期間中の賃金額について,所定労働時間を8時間とした賃金の支払を請求しているところ,
原告が短時間勤務から徐々に勤務時間を延ばすことを希望していたことはうかがわれるものの,
所定労働時間を8時間とする合意が成立していたことを認めるに足りる証拠はないから,
被告が支払うべき賃金額は,解雇前3か月の賃金額を平均した月額21万2286円と認められる。
参照条文
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律
(所定労働時間の短縮措置等)
第二十三条1項本文(抜粋) 事業主は、その雇用する労働者のうち、その三歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業をしていないものに関して、
厚生労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づき所定労働時間を短縮することにより当該労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にするための措置を講じなければならない。
第二十三条の二 事業主は、労働者が前条の規定による申出をし、又は同条の規定により当該労働者に措置が講じられたことを理由として、
当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
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5か月育児休業をしたことを理由に定期昇給させなかった事案
こんにちは、弁護士田村ゆかりです。
昇給基準日前の1年間のうち、
5か月育児休業をしたことを理由に定期昇給させなかったことが違法と判断された事案をご紹介します。
近畿大学事件(大阪地裁平成31年4月24日判決)
事案の概要
被告(近畿大学)との間で期間の定めのない労働契約を締結している原告(講師)が、
原告が5か月間育児休業をした平成28年度に原告を昇給させなかったのは違法だとして、
損害賠償を求めた事案です。
裁判所の判断
前記前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,
①被告は,給与規程に基づく定期昇給として,毎年4月1日に,
前年度の12か月間(前年4月1日から当年3月31日まで)勤務した職員に対し,
給与規程14条の昇給停止事由がない限り一律に1号俸の昇給を実施していること,
②旧育休規程8条は,育児休業期間は上記アの勤務期間に含めないものとしていたところ,
原告は,平成28年4月1日時点で,前年度のうち平成27年11月1日から平成28年3月31日までの期間において本件育児休業をしていたことから,
旧育休規程8条を適用され,上記アの要件を満たさなかったため,昇給が実施されなかったこと,以上の事実が認められ,
これらの事実からすると,原告は,本件育児休業をせずに平成27年度に勤務を継続していれば与えられたであろう定期昇給の機会を,
本件育児休業をしたために与えられなかったということができる。
ところで,労基法39条8項は,年次有給休暇請求権の発生要件である8割出勤の算定に当たっては,
育児休業期間は出勤したものとみなす旨を,
同法12条3項4号は,平均賃金の算定に当たっては,
算定期間から育児休業期間の日数を,賃金の総額からその期間中の賃金をそれぞれ控除する旨を規定しているが,
これらの規定は,育児休業期間は本来欠勤ではあるものの,
年次有給休暇の付与に際しては出勤したものとみなすことによりこれを有利に取り扱うこととし
,また,育児休業期間及びその期間中の賃金を控除しない場合には平均賃金が不当に低くなることがあり得ることを考慮して定められたものであって,
育児休業期間を一般に出勤として取り扱うべきことまでも使用者に義務付けるものではない。
また,育児介護休業法6条は,事業主は労働者による育児休業の申出を拒むことができないとしているが,
事業主に対し,育児休業期間を出勤として取り扱うべきことまでも義務付けているわけではない。
したがって,育児休業をした労働者について,当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは,原則として労使間の合意に委ねられているというべきである。
以上によれば,旧育休規程8条が,育児休業期間を勤務期間に含めないものとしているからといって,
直ちに育児介護休業法10条が禁止する「不利益な取扱い」に該当するとまでいうことはできない。
しかしながら,上記で認定した事実によれば,給与規程に基づく定期昇給は昇給停止事由がない限り在籍年数の経過に基づき一律に実施されるものであって
いわゆる年功賃金的な考え方を原則としたものと認めるのが相当である。
しかるに,旧育休規程8条は,昇給基準日(通常毎年4月1日)前の1年間のうち一部でも育児休業をした職員に対し,
残りの期間の就労状況如何にかかわらず当該年度に係る昇給の機会を一切与えないというものであり,
これは定期昇給の上記趣旨とは整合しないといわざるを得ない。
そして,この点に加えて,かかる昇給不実施による不利益は,
上記した年功賃金的な被告の昇給制度においては将来的にも昇給の遅れとして継続し,
その程度が増大する性質を有することをも併せ鑑みると,
少なくとも,定期昇給日の前年度のうち一部の期間のみ育児休業をした職員に対し,
旧育休規程8条及び給与規程12条をそのまま適用して定期昇給させないこととする取扱いは,
当該職員に対し,育児休業をしたことを理由に,当該休業期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであって,
育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当すると解するのが相当である。
そうすると,被告が,平成27年11月1日から平成28年3月31日までの間に育児休業をしていた原告について,
旧育休規程8条及び給与規程12条を適用して定期昇給の措置をとらなかったことは,育児介護休業法10条に違反するというべきである。
判決の主文
上記判断の結果、被告は、原告に対し、平成28年8月から平成29年3月まで、
毎月24日限り1万5700円及びこれらに対する各支払日から支払済みまで年5部の割合による金員を支払え、
との判決が出されています。
被告の行為が不法行為とされたため、定期昇給との差額のみならず、年5分(5%)の遅延損害金が付加されています。
参照条文
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児介護休業法)
(不利益取扱いの禁止)
第十条
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事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
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産休・育休の不利益取扱い禁止に関するリーディングケース
こんにちは、弁護士の田村ゆかりです。
産休・育休取得による不利益取扱い禁止に関するリーディングケースと言える判例をご紹介します。
広島中央保健生協事件(最高裁判所平成26年10月23日判決)
判決要旨
女性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,
原則として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いに当たるが,
当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,
又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,
上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらない。
事実関係
本件は,被上告人(医療介護事業等を行う消費生活協同組合)に雇用され副主任の職位にあった理学療法士である上告人(女性)が,
労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して副主任を免ぜられ,
育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかったことから,
被上告人に対し,上記の副主任を免じた措置は雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)9条3項に違反する無効なものであるなどと主張して,
管理職(副主任)手当の支払及び債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求める事案です。
裁判所の判断の理由
一般に降格は労働者に不利な影響をもたらす処遇であるところ,
上記のような均等法1条及び2条の規定する同法の目的及び基本的理念やこれらに基づいて同法9条3項の規制が設けられた趣旨及び目的に照らせば,
女性労働者につき妊娠中の軽易業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は,
原則として同項の禁止する取扱いに当たるものと解されるが,
当該労働者が軽易業務への転換及び上記措置により受ける有利な影響並びに上記措置により受ける不利な影響の内容や程度,
上記措置に係る事業主による説明の内容その他の経緯や当該労働者の意向等に照らして,
当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,
又は事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって,
その業務上の必要性の内容や程度及び上記の有利又は不利な影響の内容や程度に照らして,
上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,
同項の禁止する取扱いに当たらないものと解するのが相当である。
本件での判断
これを本件についてみるに,上告人は,妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として,
本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ,
上記異動により患者の自宅への訪問を要しなくなったものの,上記異動の前後におけるリハビリ業務自体の負担の異同は明らかではない上,
リハビリ科の主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質が判然としないこと等からすれば,
副主任を免ぜられたこと自体によって上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か及びその内容や程度は明らかではなく,
上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度が明らかにされているということはできない。
他方で,本件措置により,上告人は,その職位が勤続10年を経て就任した管理職である副主任から非管理職の職員に変更されるという処遇上の不利な影響を受けるとともに,
管理職手当の支給を受けられなくなるなどの給与等に係る不利な影響も受けている。
そして,上告人は,前記2(7)のとおり,育児休業を終えて職場復帰した後も,
本件措置後間もなく副主任に昇進した他の職員の下で,
副主任に復帰することができずに非管理職の職員としての勤務を余儀なくされ続けているのであって,
このような一連の経緯に鑑みると,
本件措置による降格は,軽易業務への転換期間中の一時的な措置ではなく,
上記期間の経過後も副主任への復帰を予定していない措置としてされたものとみるのが相当であるといわざるを得ない。
しかるところ,上告人は,被上告人からリハビリ科の科長等を通じて副主任を免ずる旨を伝えられた際に,
育児休業からの職場復帰時に副主任に復帰することの可否等について説明を受けた形跡は記録上うかがわれず,
さらに,職場復帰に関する希望聴取の際には職場復帰後も副主任に任ぜられないことを知らされ,
これを不服として強く抗議し,その後に本訴の提起に至っているものである。
以上に鑑みると,上告人が軽易業務への転換及び本件措置により受けた有利な影響の内容や程度は明らかではない一方で,
上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上,
本件措置による降格は,軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず,
上告人の意向に反するものであったというべきである。
それにもかかわらず,育児休業終了後の副主任への復帰の可否等について上告人が被上告人から説明を受けた形跡はなく,
上告人は,被上告人から前記2(6)のように本件措置による影響につき不十分な内容の説明を受けただけで,
育児休業終了後の副主任への復帰の可否等につき事前に認識を得る機会を得られないまま,
本件措置の時点では副主任を免ぜられることを渋々ながら受け入れたにとどまるものであるから,
上告人において,本件措置による影響につき事業主から適切な説明を受けて十分に理解した上でその諾否を決定し得たものとはいえず,
上告人につき前記(1)イにいう自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するということはできないというべきである。
また,上告人は,前記のとおり,妊娠中の軽易業務への転換としてのBからリハビリ科への異動を契機として,
本件措置により管理職である副主任から非管理職の職員に降格されたものであるところ,
リハビリ科においてその業務につき取りまとめを行うものとされる主任又は副主任の管理職としての職務内容の実質及び同科の組織や業務態勢等は判然とせず,
仮に上告人が自らの理学療法士としての知識及び経験を踏まえて同科の主任とともにこれを補佐する副主任としてその業務につき取りまとめを行うものとされたとした場合に被上告人の業務運営に支障が生ずるのか否か及びその程度は明らかではないから,
上告人につき軽易業務への転換に伴い副主任を免ずる措置を執ったことについて,
被上告人における業務上の必要性の有無及びその内容や程度が十分に明らかにされているということはできない。
そうすると,本件については,被上告人において上告人につき降格の措置を執ることなく軽易業務への転換をさせることに業務上の必要性から支障があったか否か等は明らかではなく,
前記のとおり,本件措置により上告人における業務上の負担の軽減が図られたか否か等も明らかではない一方で,
上告人が本件措置により受けた不利な影響の内容や程度は管理職の地位と手当等の喪失という重大なものである上,
本件措置による降格は,軽易業務への転換期間の経過後も副主任への復帰を予定していないものといわざるを得ず,
上告人の意向に反するものであったというべきであるから,
本件措置については,被上告人における業務上の必要性の内容や程度,
上告人における業務上の負担の軽減の内容や程度を基礎付ける事情の有無などの点が明らかにされない限り,
前記にいう均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情の存在を認めることはできないものというべきである。
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平日9時~18時
土地建物の相続登記が2024年4月1日から義務化されます。
こんにちは、弁護士の田村ゆかりです。
相続等による所有権の移転の登記申請の義務化
土地建物(不動産)の相続登記が義務化されます。
2024年(令和6年)4月1日から相続登記が義務化される制度がスタートし、
相続登記の申請については3年間の猶予期間があります。
なお、この制度開始前に相続が発生していたケース(被相続人が亡くなっていたケース)も義務化の対象となります(改正不動産登記法76条の2)。
(相続等による所有権の移転の登記の申請)
第七十六条の二 所有権の登記名義人について相続の開始があったときは、当該相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、当該所有権を取得したことを知った日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により所有権を取得した者も、同様とする。
2 前項前段の規定による登記(民法第九百条及び第九百一条の規定により算定した相続分に応じてされたものに限る。次条第四項において同じ。)がされた後に遺産の分割があったときは、当該遺産の分割によって当該相続分を超えて所有権を取得した者は、当該遺産の分割の日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。
3 前二項の規定は、代位者その他の者の申請又は嘱託により、当該各項の規定による登記がされた場合には、適用しない。
相続登記を申請しなかった場合の罰則
正当な理由がないのに不動産の相続を知ってから(通常は被相続人が死亡したことと自己が法定相続人であることを知ってから)、
3年内に相続登記の申請をしなければ10万円以下の過料に処せられます(不動産登記法164条)。
(過料)
第百六十四条 第三十六条、第三十七条第一項若しくは第二項、第四十二条、第四十七条第一項(第四十九条第二項において準用する場合を含む。)、第四十九条第一項、第三項若しくは第四項、第五十一条第一項から第四項まで、第五十七条、第五十八条第六項若しくは第七項、第七十六条の二第一項若しくは第二項又は第七十六条の三第四項の規定による申請をすべき義務がある者が正当な理由がないのにその申請を怠ったときは、十万円以下の過料に処する。
相続登記の申請が難しい場合は?(相続人申告登記)
亡くなった被相続人が土地建物を所有していた場合、
その法定相続人で話し合いをし、土地建物について誰かが単独所有する、
共有するなどを遺産分割協議において合意できれば相続登記をすることとなります。
ただ、土地建物の代わりにいくらお金を支払うかがまとまらない、相続人の一部と連絡がつかないなど、
話がまとまらないことはよくあります。
そういった場合には、相続人である旨の申出をする(相続人申告登記)という制度も、
2024年(令和6年)4月1日から始まります(改正不動産登記法76条の3)。
相続人が相続登記を申請すべき期間内に、相続人である旨の申出をした者については、
所有権の取得に係る所有権の移転の登記を申請する義務を履行したとみなされます。
なお、相続人である旨の申出をした者は、その後の遺産分割によって所有権を取得したときは、
遺産分割の日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければいけません。
(相続人である旨の申出等)
第七十六条の三 前条第一項の規定により所有権の移転の登記を申請する義務を負う者は、法務省令で定めるところにより、登記官に対し、所有権の登記名義人について相続が開始した旨及び自らが当該所有権の登記名義人の相続人である旨を申し出ることができる。
2 前条第一項に規定する期間内に前項の規定による申出をした者は、同条第一項に規定する所有権の取得(当該申出の前にされた遺産の分割によるものを除く。)に係る所有権の移転の登記を申請する義務を履行したものとみなす。
3 登記官は、第一項の規定による申出があったときは、職権で、その旨並びに当該申出をした者の氏名及び住所その他法務省令で定める事項を所有権の登記に付記することができる。
4 第一項の規定による申出をした者は、その後の遺産の分割によって所有権を取得したとき(前条第一項前段の規定による登記がされた後に当該遺産の分割によって所有権を取得したときを除く。)は、当該遺産の分割の日から三年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければならない。
5 前項の規定は、代位者その他の者の申請又は嘱託により、同項の規定による登記がされた場合には、適用しない。
6 第一項の規定による申出の手続及び第三項の規定による登記に関し必要な事項は、法務省令で定める。
相続や相続登記についてよくわからない、お悩みの際は、
弁護士までお早めにご相談下さい。
参照
東京法務局 不動産の相続登記が義務化されます!
でいご法律事務所
弁護士田村ゆかり
平日9時~18時
TEL:098-851-8153
3月20日は沖縄弁護士会臨時総会でした。
こんにちは、弁護士の田村ゆかりです。
2023年3月20日は沖縄弁護士会臨時総会でした。
今年度副会長を務めているため、担当の議案の説明をし、質問への回答などを行いました。
私の担当は弁護士会内部の会則等改正ですが、可決した決議は沖縄弁護士会ホームページに掲載しますので、宜しければご一読下さい。
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弁護士田村ゆかり
平日9時から18時
TEL 0988518153
2023年3月17日(金)臨時休業です。
こんにちは。弁護士田村ゆかりです。
2023年3月17日(金)は出張のため臨時休業です。
お電話いただいた場合は電話代行で伝言を承って順次ご連絡します。
悪しからずご了承下さい。
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タクシーのお釣り、用意するのは運転手? それとも乗客? 法的には
こんにちは。弁護士田村ゆかりです。
私が取材を受けた記事が弁護士ドットコムに掲載されました。
よろしければご一読ください。
最近キャッシュレス決済に対応するタクシーが増えましたが、中には今も現金のみのタクシーもあります。そんな時に限って、一万円札など大きいお金しかないことも。
タクシーのお会計をめぐり、弁護士ドットコムには「タクシーで小銭やお釣りが用意できないのはどちらの責任ですか」という相談が寄せられています。
相談者はタクシーで1200円を支払う際に、1万円札しか持ち合わせていませんでした。一方の運転手は、小銭や千円札がなかったためお釣りの8800円を用意できず、相談者が小銭を用意していないことを責めたといいます。
相談者は「この場合、小銭や千円札を用意しておく義務や努力義務などは両者にあるのでしょうか?」と質問を寄せています。
法的には、お釣りを用意するのは誰になるのでしょうか? 田村ゆかり弁護士に聞きました。
●運転手はお釣りを準備して乗客に渡す義務がある
——まず、タクシーを利用するというのは、どういった法律関係にあるのでしょうか?
商法第589条は、「旅客運送契約は、運送人が旅客を運送することを約し、相手方がその結果に対してその運送賃を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」と旅客運送契約について定めています。
タクシーに乗る際に意識はしないでしょうが、法的には乗客と運転手はこの旅客運送契約を口頭で締結しているということになります。
また、国土交通省が定める一般乗用旅客自動車運送事業標準約款第6条は、「当社は、旅客の下車の際に運賃及び料金の支払いを求めます」と定めています。
標準約款通りか、それと大差ない約款を定めているタクシー会社が多いでしょうから、乗客は下車の際に運賃の支払いをする義務を負うと言えます。
——相談者は1万円札しか持ち合わせていなかったようです
今回のケースでは、タクシーが目的地に到着し、運転手が運賃1200円の支払いを請求したのに対し、乗客が1万円札を渡した時点で、乗客は運賃の支払義務を果たしています。
運転手が1万円札を受け取ってお釣りを返さない場合は、運転手は相談者に対して不当利得返還義務(民法第703条)を負うこととなり、この義務を免れるためには、事実上釣銭を渡すしかありません。
よって、運転手は銀行で両替するなりコンビニで小額の買い物をするなりして、釣銭を準備して乗客に渡す義務があると言えます。
なお、乗客が現金で支払う場合、運賃である1200円ちょうどを出す義務があるのか?という点も一応問題になりえます。
これについては規定している法律等はないと思われるので商慣習によることとなりますが、タクシーに限らず小売店でも飲食店でも、客が現金で支払いをする場合にちょうどの金額を出す義務はなく、釣銭を渡すのが商慣習上確立していると言えるでしょう。
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弁護士田村ゆかり
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正当な理由なく非常ボタン押したら「全フロアからの賠償責任が発生」 実際に請求される可能性は?
こんにちは。
弁護士の田村ゆかりです。
弁護士ドットコムから取材を受けた件が掲載されました。
ご興味おありでしたらご一読下さい。
↓
正当な理由なく非常ボタンを押してしまったら、複合ビル内の全ての店舗に賠償しなくてはいけないーー。首都圏の大学生・ケンタさんは友人ら訪れた店舗でこのような掲示を見つけました。
ケンタさんは休日に、友人らと繁華街にあるテナントビルを訪れました。その中でケンタさんらが訪れた店舗に設置されていた非常ボタンには「非常時以外に、このボタンを押すと全フロアからの賠償責任が発生」という掲示がありました。
「このビルには地下を含め5フロア以上があり、飲食店やアパレル店など多数のテナントが入っています。当該の店舗は1フロアのみでした」(ケンタさん)
ケンタさんは普通は押さないとした上で、「もし押してしまった後で非常時ではないと言われたら、全フロアに対して賠償しなくてはいけないのか」と不安なようです。
悪戯で押してしまうことは確かに迷惑です。正当な理由もなく押してしまった場合には、実際に賠償責任が問われる可能性はあるのでしょうか? 田村ゆかり弁護士に聞きました。
●「全フロアから賠償責任が発生」は本当にあり得る?
ーー本当に「全フロアから賠償責任が発生」という可能性はあるのでしょうか
正確には「非常時以外に、このボタンを押すと全フロアからの賠償責任が発生(する可能性があります)」ですが、可能性が無いわけではありません。
民法第709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と不法行為責任について定めています。
要件はざっくりご説明すると、(1)故意又は過失によって(2)他人の権利又は法律上保護される利益を侵害し(違法性)(3)その行為によって損害が発生したこと(損害の発生と因果関係)です。
ーー今回のケースでは、該当する可能性があるとして、どんな場合でしょうか
例えば当該ビル内のテナントに嫌がらせをする目的で〈(1)の故意〉、何十回も非常ボタンを押す行為を繰り返し〈(2)違法性〉、その行為によって飲食店やアパレル等の店舗がお客さんから敬遠され売り上げが落ちた〈(3)損害の発生と因果関係〉ような場合であれば、全フロア(具体的には個々の経営主体)から損害賠償請求を受け、賠償責任を負うことが考えられます。
煙が出ていたので火事だと思い非常ボタンを押したら煙草を吸っている人がいるだけだった、という程度で賠償責任を負うことは考えづらいので過剰に心配する必要はありません。
しかし、悪戯で非常ボタンを押す行為は想定外の賠償責任を負う可能性があると言えます。
電子タバコが火をつけた隣人トラブル、調理の匂いすら「くーさーい」猛烈クレームに発展
こんにちは、弁護士の田村ゆかりです。
弁護士ドットコムから取材を受けた件が掲載されましたので、
宜しければご一読下さい。
「向かいの家から毎日『臭い、臭い』と言われてもう我慢の限界です」。このような隣人トラブルに悩む女性からの相談が弁護士ドットコムに寄せられています。
相談者の女性は一軒家に住んでいます。引越し当初、窓を少し開けて電子タバコを吸っていましたが、向かいの家の子どもが「臭い」と叫んでいたので窓を閉めて吸うようになりました。
しかし、窓を閉めても毎日「臭い、臭い」と大騒ぎしています。料理を作っているだけでも向かいの家の母親と子どもが「く〜さ〜い」と叫んでくるそうです。
そのため、大きな声で叫ばれるので買ってきた冷たいお弁当しか食べられていない状況になってしまったといいます。
隣家にどのように対処すべきでしょうか。田村ゆかり弁護士に聞きました。
●迷惑な「匂い」の基準はある?
ーー電子タバコや調理など日常生活で出てしまう「匂い」について、法的に問題があるとされる基準はあるのでしょうか
工場その他の事業場から発する悪臭については、悪臭防止法で指定された悪臭物質の排出が抑制されており、都道府県は悪臭を防止する必要があると認められる場合一定の要件を満たせば事業場等に対して改善勧告や改善命令などの是正措置を講ずることとされています。
これに対して一般家庭からの匂いについては明確な定めがあるわけではありませんが、参考になる裁判例をご紹介します。
隣家の窓から風呂の臭気、トイレの臭気、魚や豆を調理する臭気が漂う等として隣家の窓の取壊し等を求めた裁判(東京地裁平成4年1月28日判決)において裁判所は、「近隣者間において社会生活を円満に継続するためには、…社会的受忍の限界を超えた生活侵害のみが、違法なものとして、不法行為による差止請求や損害賠償の対象となるものと解するのが相当である。」とした上、臭気は受忍限度を超えないとして原告の請求を認めませんでした。
もう一件裁判例をご紹介します。自宅及びその庭で野良猫に餌などを用意して居つかせたため隣家の庭が猫の糞尿で汚れ悪臭を発したという事案で、裁判所は砂利の入れ替えや洗浄等の必要が生じたことも含め精神的苦痛は大きいとして被告に対して50万円の慰謝料の支払を命じました(福岡地裁平成27年9月17日判決)。
ーー今回のケースではどう判断されますか
受忍限度を超えているか否かという基準からすると、匂いの程度はもちろん、一般的に悪臭と考えられる匂いの方が法的に問題とされやすいと言えます。匂いの程度が同じであれば、調理の匂いよりも苦手な人がいる電子タバコの方が問題とされやすいのではないでしょうか。
ご紹介した裁判例からすると、今回の事案は受忍限度内の匂いであると言えそうですが、いずれにせよ隣家の住人との話し合いにより関係を改善することが望ましいと言えます。
お互いで話をすることが難しければ、各地の弁護士会が設けているADR(裁判外紛争処理手続)や簡易裁判所への調停申立てなどが考えられます。まずは一度ご相談されることをお勧めします。
●住宅街でのトラブル防止のために何ができる?
ーー分譲マンションでは規約が細かく定められています。一軒家が立ち並ぶ住宅街でも「匂い」が発生する可能性がある行為についてルールを定めることはできるのでしょうか
たとえば分譲マンションについては管理規約が定められ、その中でさらに使用細則を定めて、「悪臭のある物品を専有部分に搬入及び貯蔵すること」を禁止事項とするなどしています。管理規約や使用細則は住民の合意により条項を新設したり変更することもできますので、匂いについてのルールを定めることができます。
今回の相談事例のように、一軒家が並ぶ住宅街では、例えば自治会など特定の地域の住民を構成員とする会において、その地域に適用されるルールを合意により定めるという方法が考えられます。